読者メッセージ|営業からホワイト工場へ転職したら大正解でした【超本音】

手紙を書く氷河期世代

管理人は43歳で、人生後半戦になり色々かんがえる余裕も出てきました。

暗い話ではなく前向きな気持ちで書いた記事に、読者様よりメッセージを頂きました。

関連記事氷河期世代でスキル無し。なので、いわゆる3K(現場仕事・清掃作業)を体験してきたお話

※リンクは新しいタブで開きます
記事への投稿をご了承いただきましたので、今日は読者様からのメッセージを紹介します。

日々、数字がつきまとう営業職から3K現場仕事へ。

ガラリと生活や環境を一変されたストーリーをご紹介します。

人生後半戦を考えている方への参考になれば幸いです。

ななし
ななし

管理人はストレート過ぎて涙が出ました。

頂いたメッセージは「ほぼ原文」でご紹介しています。

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営業からホワイト工場へ|読者様からのメッセージ

ボトル瓶にいれた手紙

こんにちは!

お久しぶりです!

 

本日ななし様のブログを拝見させていただきました。

関連記事氷河期世代でスキル無し。なので、いわゆる3K(現場仕事・清掃作業)を体験してきたお話

 

今回、メッセージしたのは、

ななし様が、現在の営業職から現場に転職しようという動機が

11年前の私と全く同じだと感じたからです。

 

私はななし様よりも、早くその場面に直面し、

自分の人生のあり方を考えた末、決断し、

10年程経過した私の現状をお伝えできればと思いご連絡差し上げました。

 

参考になれば、幸いです。

ななし
ななし

読者様は47歳で管理人の先輩、というわけですね。しかも11年も前に同じことを実践していたようです。

営業職からホワイト工場へ転職の決意

工場内の作業

私は、現在、中小の製造業(従業員200名)の現場に勤務しております。

 

以前の仕事は、ななし様と同様、数字ノルマの世界に10年程身を置いていました。

職種は、店舗での対面販売。

小売業とはいえ、販売員は、個人ノルマを持つ実質営業マン。

 

日々、毎月、半年、一年のノルマを課され、達成でなければ、怒鳴られたり、机をけられたり

と数字を詰められる…

大変な世界でした。

 

私はそんな過酷な世界でも、出世欲旺盛で、歯を食いしばり、係長、副店長そして目指していた店長にまでなりました。

 

店長になると店の過酷なノルマが待っていました。

年収に比例するノルマの厳しさとワークライフバランス

1店舗当たりの小型店のノルマが月2億円。

大型店になると月10億円。店舗スタッフも100人の店長も務めました。

 

その数字を従業員と共に対面販売で達成させていくのが店長の仕事。

気力・体力・精神力・統率力…過酷を極めました。

 

基本、年中無休なので店長はほとんど休みなく出社。

朝8時に出勤して退社は22時頃…

 

当時の所得が800~900万円と高額でしたが、

日に日に、気力と体力を奪われていきました。

一部上場企業でしたが当時はブラックでした。

 

店長に出世してから4年程で体調に異変をきたし、6年目で完全に

慢性疲労症候群という精神疾患を患い、心療内科でトクターストップ。

人生を切り替えるのに1年の休息が必要だった

当時独身だった私は、特定の女性はいませんでしたが結婚願望、

子供も欲しいということもあり、ノルマもなく日々健やかに、

穏やかに過ごせる人生を求めて、

今までの実績やキャリアを捨て思い切って退社しました。

 

34歳の時でした。

 

退社後1年間は、まったく働くことができず寝たきり。

社会復帰まで1年を要してしまいました。

30代、スキル無し、いったい何ができるのか→製造業への過程と現実

小売業一筋の私に、小売業以外のスキルがなく、一体何ができるのか?

 

考えに至ったのは、スキルや実績、プライドを一切捨て、自分の思い描く人生になる為の職業。

  1. ノルマがない
  2. 土日休み。年末年始休、GW、お盆休みがある(家庭を持ったとき家庭的な人生を送る為)
  3. 転勤がない(転勤人生だったため、家庭を持ったとき家族と離れ離れにならないように)
  4. 時間から時間まで働き、残業があれば残業代がしっかりつく。(残業するからには残業代がしっかりつく)
  5. お昼休みがしっかりとれる(前職は15分位だった)
  6. 有給休暇がしっかりとれる(前職は10年勤めて有給取得0日でした)

上記を考えると全く経験のない製造業しかありませんでした。

 

1年休養して、35歳の時、地元にある製造業に入社し、

現在に至ります。

所得は給与18万円+交通費3000円

所得は少なく入社時18万円+交通費3000円だけ…

 

年収800万円からの転落です。

 

35才につきつけられた厳しすぎる現実。

正直人生終わった。結婚もできないなぁ~と思いました。

 

それでも、

彼女もいない独身だし。実家生活になるし。

健康第一。

なにより、自分が決断し決めた人生。

 

本当に自分の求める人生を叶える代わりに

プライドとキャリアと築き上げた所得を捨てる覚悟が必要でした。

手に職を持たず大変な苦労、乗り越えた11年

入社当時は、手に技術を持たず、大変な苦労をしました。

 

基本工業系技術職の為、まったく0からのスタート。

 

苦労することは覚悟していたものの文系大学卒の私には、工業系の仕事は大変でした。

配属された部署は、基本教育はなく、年下に怒られて、ののしられ、覚えるの日々でした。

 

でも、前職も過酷な中で店長まで上り詰めた自分の自負が、こんなことで負けるか!

の精神で、このキビシイ現状を乗り越えてきました。

 

入社から2年後の37才の時、今の所得でも一緒になってくれる素敵で優しい女性と知り合い

38歳で結婚。目標の家庭を持つことができました。

 

今年の11月で勤続11年になりました。

がむしゃらに勤めてきて、気が付けば、中堅社員となり、沢山の後輩と仕事をしています。

中堅社員となった現在|ノルマ無し、年間休日116日というホワイト工場

工場内の作業2

現在では、

①ノルマがない。

今の会社は、数字ノルマは全くありません。

ノルマの世界に身を置いていた私にとって

こんな気の楽な仕事生活はありません。

 

②土日休み。年末年始休、GW、お盆休みがある(家庭を持ったとき家庭的な人生を送る為)

年間休日116日基本土日休み。今年のGWは、10連休。お盆休みは9連休です。

希望がかないました。

 

③転勤がない(転勤人生だったため、家庭を持ったとき家族と離れ離れにならないように)

転勤のない地元にしかない小さな会社を選びました。

家庭を持った今、転勤を考えずに家庭の人生設計を立てられるのは本当に大きなメリットです。

 

④時間から時間まで働き、残業があれば残業代がしっかりつく。

基本定時です。17時にベルが鳴ったと同時に退社し17時40分には帰宅。

18時過ぎに家族みんなで夕飯という。昭和初期の様な贅沢な時間を過ごしています。

子どもとの遊ぶ時間、家族、自分の時間ができたのは、最大の喜びです。

もちろん、残業をすればしっかり残業代が付きます。

 

⑤お昼休みがしっかりとれる。(前職は15分位だった)

製造業なのでベルが鳴ったと同時に時間まで休憩できます。

 

⑥有給休暇がしっかりとれる。

毎年13日ほど有給を取っています。年間休日と合わせると年休130日近くになります。

使い切れない有給は、会社が買い取ってくれるというおまけ付きです。

地味にありがたい。

 

40才の時に、子供(ひとり娘)にも恵まれ、今年47才。

 

心身ともに健やかな、充実した人生を送れています。

ホワイト工場で10年の昇給、基本給25万5千円に

節約。コインとジャガイモの写真

そして現在の給料ですが、毎年8000円ほど昇給があり、10年で18万円から

現在25万5000円にまで基本給が上がりました。

賞与も夏70万。冬50万ほどいただけるまでになりました。

継続は力なりですね。

 

妻は、扶養内のパートで働いてくれているため、年収90万円。

 

前職の高所得時代にひたすら節約で貯金してきたため、

先日私の資産をお伝えした通りです。

4年前に中古の家を一括購入しローンがないため、ゆとりがあります。

 

妻と話し合って7年ほど前からオークションの副業も始め副収入もかなり育ってきています。

 

11年前に私が想像した以上の生活、妻・娘・人生を手に入れることができました。

幸せな生き方を手に入れる方法

振り返ってみるとこのような人生を手に入ることができた理由があるような気がします。

 

それは、

自分の生き方をしっかり見据え、信じ、どんなつらいことがあってもぶれずに継続した結果だとなんとなく思います。

 

ななし様のブログを拝見して、11年前の自分と重なりました。

不思議なくらいに、境遇が似ていたので。

 

ななし様のブログを拝見しながら、陰ながら応援しています。

 

私の勝手な体験談。

おせっかいなようで、気を悪くしたら申し訳ありません。

 

ななし様も先々心配や不安もあると思います。

わたしは、そうでした。

 

ななし様が進む先に私のような者もいるので

私のようなものでもその体験談で、少しでもお力になれればと思い

ご連絡差し上げました。

 

これからもブログを楽しみにしています。

時には投資のご相談もさせていただきます。

 

これからも仲良くしてくださいね。

管理人からのお礼と「これからの人生」

シャボン玉に囲まれる女性

メッセージありがとうございました。

直接、お手紙を頂いたような気持になり、思いが伝わりました。

43歳の管理人より先輩で、就職氷河期を生き抜き、人生のシフトチェンジをした方からの現場の声は勉強になります。

実際に仕事や、副業、投資、中古物件を一括購入した話をしたら永久に会話ができそうです。

 

休息に1年間、というのは私が少々セミリタイアをしようかと思っている期間と同じなんですよね。

きっと充電期間というか、新陳代謝というか。

いろいろなものを抜いて、新しく新鮮な空気を入れて先に進む、みたいな。

 

管理人は健康なうちに手に入れた時間を家族と過ごします。

それと合わせながら、ホワイト工場の情報収集もしていこうと思います。

 

お読み頂きました皆様に幸ありますように。

 

関連記事です。

氷河期世代の43歳が無職になるので1年ほどセミリタイア体験しようと思う

必要な生活費が少ないため、1年ほどセミリタイアを経験しようと思っています。

ななし
ななし

今までと同様の給料を求めなければ、大人2人がいれば子供が成人するまでの費用は案外大丈夫かな、と。

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